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亀戸天神と竪川睦

Img_0774今夜は、地元を守る青年会「若睦」の忘年会が行なわれます。私にとって最初の忘年会です。
昨年もこの忘年会のことを書いたのですが、その日記には、
「竪川睦」「若睦」のお話は、またの機会に…
と書いていたのですが、すっかり忘れていました。

ある方のブログで、竪川睦についてご質問いただいたので、ちょっとご紹介させていただきますね。

亀戸天神社の大鳥居は、昭和36年の御鎮座300年祭にあたって竪川睦の方が建立されたんです。
そして大鳥居の東隣には、「大鳥居完成記念碑」が建てられ、この石碑に「竪川睦の起因」が書かれています。

「竪川睦の起因」
Img_0772亀戸天神社は三百年以前大宰府より
武蔵国葛鹿郡亀井戸村安楽寺に鎮座
其後日月詳かならざるも
御神輿渡御に際し各町より選出
代表神輿付として其の警護の任に
当りたるを起因とす
初め竪川神楽講と称し後竪川睦と改称す
尚現今の大祭に際しては御鳳輦の
御守護の一切及各町連合神輿宮入
当局への出願番号の抽選集合地の
割当解散までの任に当る


亀戸天神の氏子は横十間川から大川(隅田川)間の竪川の両側に広がっています。
聞くところによると、各町の旦那衆だけですと、祭りを執り行うのに厳しいので、旦那衆が若者や町衆の取りまとめ役として推挙し、各町の代表としての祭総代となったそうです。
また境内には大鳥居の他にも、「琴字燈篭」など竪川睦により建立された史跡が多数残っています。

今でも300年前と同じように竪川睦の方は活躍されていて、「亀戸天神社社属竪川睦」となっています。

(もし私の理解に誤りがあればご指摘いただければと思います)

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コメント

初めてお邪魔します。
このたびは、私の疑問にお答えいただき、またトラックバックしてお知らせくださり、本当にありがとうございました!
お陰さまで、疑問がすっかり氷解しました。境内に、由来が記された石碑があったとは、全く不注意で、お恥ずかしい限りです。

300年の伝統を守る、竪川睦の方々…本当に素晴らしいことだと思います。
私は、水運の歴史への興味から、竪川の文字に惹かれたのですが、川を軸に、氏子さんが広がっていることを示す名前であることを知り、墨東の歴史をもっと勉強したいものだと、また別の興味が湧いてきました。

こちらからも、トラックバックさせていただきます。今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: パドル | 2006年12月 2日 (土) 午後 10時26分

パドルさん、はじめまして。そして、ありがとうございます。
実は昨年の日記のこと、すっかり忘れていたんです。
リンクしていただいたので思い出し、アップすることができました。

ちなみに昨日の忘年会では、私どもの地元から竪川睦に入られている方と隣席になりました。
パドルさんの写真の朱色が何時入れなおされたか聞いてみましたら、昨年なんだそうです。地元にいても気が付かないことがたくさんあるんですね♪

今後も宜しくお願いいたします。

投稿: 亀戸 大竹 | 2006年12月 3日 (日) 午前 09時26分

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» 竪川睦 [水路をゆく]
だいぶ前の話で、恐縮ですが…。 去る10月8日は、青空が広がったものの、秋の嵐の翌日とあって、風速20m近い強風でした。出港できるとは思いませんでしたが、一応マリーナに足を運び、出港停止発令を確認したあと、軽く艇の清掃をして、「明日も休みなのだから、また来ればいいさ」と、その日はお散歩に予定変更。亀戸天神社(亀戸天満宮)を参拝することにしました。 なぜ、亀戸天神社かと申しますと、間近を南北に走る江戸以来の運河、横十間川(十間川)は、またの名を天神川と呼ばれることがひとつ。また、立地からし... [続きを読む]

受信: 2006年12月 2日 (土) 午後 10時31分

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